研究紹介
主な研究目的
- 加齢に伴う脳老化のメカニズム解明
- アルツハイマー病遺伝子改変マウスを用いての経退行性疾患のメカニズム解明
- ビタミンEの一種:トコトリエノールによる脳神経保護作用のメカニズム解明
- ビタミンEの一種:トコトリエノールによる抗肥満効果のメカニズム解明
- マルチサプリメント摂取が生体に及ぼす影響を科学的根拠により解明
- 海洋深層水から抽出したミネラルを濃縮し再溶解した飲料水を用いた研究
- 塩素系殺菌剤(次亜塩素酸・次亜塩素酸Na・亜塩素酸・亜塩素酸Na)の殺菌メカニズムの解明
- 食品廃棄物の有効利用に向けた取組み
老化のメカニズムを追求する
・システム理工学部生命科学科全体でのキーワードの一つは「老化」です。ヒトをはじめとした生物は誕生後に成長(Growth)、成熟(Mature)の過程を経て、やがて加齢・老化(Senesence・Aging)を迎えます。
人生100年時代とよく言われます。現在、日本では100歳以上の方が9万人以上います。ですが、老化は避けて通ることができない生理現象です。老化の定義は難しいですが、一般的には「生理機能の不可逆的な退行性変化」と言われます。不可避の生理現象であれば、一見、老化について研究する事は、無意味なのかもしれません。しかし、我々は不老不死の薬を開発しようなどということを目的としているわけではありません。残念なことに、現在では誰もが健康で幸せな「老化」(健康寿命の延伸)を迎えてはいません。現代医療の発展は、平均寿命を大きく押し上げましたが、それに伴いアルツハイマー病や認知症患者の増加、また医療費の増加といった新たな社会問題も起きています。
老化のメカニズムの解明を目指すことで、老化により生じる様々な退行性変化の原因究明や治療にも、何らかの貢献ができるのではないかと考えています。
時間軸で異なる老化
・老化研究は世界中で行われています。その為、「老化」の概念・捕え方・考え方も様々です。多くの学術論文・書物によるとその考え方は大きく分けて2つあります。
生まれた瞬間から老化が始まっている-これは、「老化というものが不可逆的な退行性変化である」との考えがもとになっています。誕生した瞬間、いや受精卵が出来て細胞分裂が開始された瞬間から元には戻れないのだから老化は始まっている、との考えです。この考え方は長期的時間軸での老化、とも言われます。(最近ではこの現象を「加齢」と指す場合が多いようです。)
成熟後に老化がはじまる-この考えは、成熟するまでは個体は成長しているのであって、決してこの段階は老化現象ではない、不可逆的に生理機能が退行的に変化しているわけではない、との考えに基づいています。この考えに基づけば、成熟後からが生体としての老化になります。これは上述した老化と比較するために短期的時間軸での老化、とも言われます。
いずれにせよ、これらの考え方だとiPS細胞による再生医療を、「老化」という視点からはどう解釈すればよいのか悩みます。
ヒトの一生は弓矢の軌跡に似ています。この老化曲線のことを我々は「エイジングカーブ」と言います。エイジングカーブを理解するためには、時間軸以外にも「生理的老化」と「病的老化」の違いを理解する必要があります。生理的老化とは、誰にでも同じ速度で平等に生じる老化現象です。この生理的老化は避けることはできません。その一方で、病的老化は人によって進む速度が異なります。例えば同じ60歳の人がいたとしても、60歳よりも若く見える人がいれば、60歳より年上に見える人もいます。足が速い人もいれば、早く走れない人もいます。顔にシワがたくさんある人がいれば、ツルツルの人もいます。この違いは何でしょうか?この違いが病的老化に老化の進行度の違いです。病的老化が生じる原因には喫煙や紫外線の曝露、ストレスなど様々です。病的老化、という名称がついていますが、病気になっていなくても我々は少なからずこの病的老化による影響を受けています。世の中に生きている人でこの病的老化がゼロという人はいないと思います。つまり、我々の老化は生理的老化と病的老化の合計したものがいわゆる老化として進んでいるのです。病的老化が進むと、老化が早く進み、その分、弓が落下する角度は大きくなります。つまり、弓が早く着地する、つまり、寿命が短くなりるということです。この際、たとえ病的老化が緩まったとしても、老化の角度は緩くなりますが、決して元の老化曲線(生理的老化だけの際の曲線)に戻ることはできません。また、生理的老化は同時に進んでいますから、弓の落ちる角度が、生理的老化だけのカーブよりも緩くなることはないのです。つまり、巷でアンチエイジング・寿命延長効果と謳っているのは、この病的老化のスピードをいかに抑えることができて生理的老化だけの老化の進行に近づけられるか?ということなのです。つまり、寿命は延びていないのです。考えられうる生理的寿命にどれだけ近づいたか?の表現の方が近いと思います。では、この病的老化の原因としては飲酒や喫煙、紫外線の曝露、罹患が考えられるのですが、そのメカニズムはどうなっているのでしょうか?次項では老化のフリーラジカル説について説明します。
老化のフリーラジカル説
つまり、鉄や銅が長い時間放置しておくと、酸化して酸化鉄や酸化銅となり、”さび”が出来るのと同様に我々の体も酸素の影響により、徐々に錆びるのです。実際に、タンパク質、脂質、DNAが酸化することは広く知られています。我々は、この”さび”が老化の一因ではないかと考えています。長きにわたり徐々に我々の体の中で、この酸化物が蓄積し、その結果、様々な変化が生じるのではないかと考えています。酸素は生存する為には必要ではありますが、反面、老化にも関与するいわば「諸刃の剣」なのです。
この生体内酸化には、ミトコンドリアの電子伝達系での電子の漏出も関係しています(詳しくは生化学の教科書や酸化的リン酸化・電子伝達系で調べてみてください)。このミトコンドリアから漏出した電子と酸素が結合することで反応性の高い活性酸素が生まれるのです。
下の図を見てください。下の図は体重当たりのエネルギー代謝と寿命の関係を記した図です。エネルギー代謝が大きいということはその分、体内で消費する酸素の量も多いことを示します。これをみると、ラットやマウスなどのげっ歯類では代謝率が大きく、寿命が短いことがわかります。それに比べ、ヒトやゾウでは代謝率が低く、その分寿命が長いことがわかります。この様に、体重当たりの酸素消費量と寿命は大きく関係している可能性が伺えます。
繰り返しますが、生体で発生する活性酸素が生体を酸化させるのです。よく活性酸素・酸化ストレスの話をすると、「活性を持った酸素だから体に良いんじゃないの?」と聞かれる方がいますが、違いますので間違えないようにする必要があります。同じ年であるにもかかわらず外見的には若々しく見える人と年齢以上に見える方がいます。このような違いは、「生体の酸化度」が来取っているからではないかと考えています。面白いことに、カロリー制限(CR)をしたマウスや猿の実験では寿命延長効果のあることが明らかとなっています。このメカニズムには長寿遺伝子であるサーチュインが大きく取り上げられていますが、カロリー代謝や酸化ストレスもメカニズムには考えられているのです。この結果からも、酸素による生体内酸化と老化がとても深い関係にあることがわかります。
以上の事から、老化の原因の一つには生体内で発生する酸化ストレスが関与している可能性が考えられます。アンチエイジングとして世間で大きく取り上げられる、ポリフェノールやビタミンC、ビタミンEは、生体内で発生するフリーラジカル(酸化ストレス)を除去する働きがありますからこれらを多く含む食品や化粧品などが流行するのわかるような気がします。では、本当にフリーラジカル(酸化ストレス)が老化に関与しているのでしょうか?
細胞の老化
・この中でも我々は、「神経細胞死が起きる前に神経細胞で起きている変化が何であるか」に着目して研究しています。神経細胞は成人では再度分裂して増殖することはできません(海馬領において一部の神経細胞では成熟後も分化増殖するとの報告が近年あるますが)。 ・・・ということは、細胞死が起きていたことが分かっても、治療はできないということになります。顕微鏡で細胞死を確認してもそれは結果であって、戻って治すことはできませんよね?また、生きている人の頭の中の神経細胞の状態がどうなっているのかも見れませんよね?
その為、まだ治療や回復が可能な初期段階で起きている神経細胞の変化が何であるかを明らかにすれば、将来的にはその変化の原因となるタンパク質や遺伝子を同定することでさらなる悪化を防ぐ、もしくは治療が可能となるのではないかと考えています。究極的には、血液や汗などの苦痛を伴わない非侵襲的な方法による脳神経細胞の機能を診断することを目指しています。
神経細胞死が起きる前には軸索に傷害が起きる!
・神経細胞死が起きない低濃度の過酸化水素の添加により、小脳顆粒細胞において我々は樹状突起や軸索に変性が生じることを明らかとしました。この変化は、老齢マウスの脳切片における銀染色からも確認されています。この結果は、通常の酸素濃度においてもだんだんと酸化傷害が蓄積して脳神経細胞死が起こらずとも、障害が生じる可能性を示しています。現在は、この軸索変性に関係するタンパク質の解析を行っています。 ・これまでに、神経突起の伸長に深く関与する微小管を構成するタンパク質であるチューブリンに作用するCRMP-2タンパク質のリン酸化やその上流に位置するGSK-3βタンパク質が神経突起変性に関与することを明らかとしています。更には、オートファジーの関与も既に報告しています。現在は、インキュベーター蛍光顕微鏡を用いて細胞を培養しながら長時間撮影(タイムラプス撮影)して形態観察も行っています。上の図の場合は、ビタミンEの一種であるトコトリエノールによる神経保護作用を示しています。
また、この神経突起変性には細胞内でのカルシウムホメオスタシスの崩壊が関与していると考え、細胞内カルシウムイオンの蛍光観察やミトコンドリアからの活性酸素の放出の確認なども検討しています。
臓器・組織レベルでの老化
下の写真は、ラット脳の酸化の度合いを調べた結果です。ピンク色が濃いほど、酸化が亢進している事を示しています。左から①若齢、②老齢、③若齢に高濃度酸素を暴露、④③にビタミンEを添加、⑤Blank、の結果であり、若齢群に高濃度酸素を負荷させる(③)と、脳内で酸化が大きく亢進していることがわかります。高濃度酸素の摂取は、短期間とはいえ、脳内で酸化タンパク質を増加させることが伺えます。
・これ以外にも、SODやCATなどの抗酸化酵素活性や脂質の過酸化についても測定を行っています。
個体レベルでの老化
アルツハイマー病と酸化障害について
抗酸化物質摂取による老化や酸化傷害の改善・予防 ~ビタミンEによる認識機能障害の予防・改善~
また、トコトリエノールには強力な抗肥満作用があることが最近分かってきました。マウスの餌にトコトリエノールを少量加えるだけで有意な抗肥満効果が得られます。天然に存在する栄養素を摂取するだけで痩せるとしたら驚きですね。
*抗酸化物質とは…
私たちの生体内では常に、活性酸素が発生しています。その活性酸素を解毒除去してくれる物質を抗酸化物質と呼び、元来、生体内で保持している「抗酸化酵素」と食事により摂取する「抗酸化物質」に大別されます。ポリフェノール、ビタミンC、コエンザイムQ10、ビタミンEは抗酸化物質に含まれます。
企業との共同研空によりこれまで明らかになっていない効果・効能の科学的証明に取り組む
世の中には既に商品として販売されている、またそれを多くの人が食している・利用しているにもかかわらず、その効果や効能について科学的に明らかになっていないものが多くあります。これが、製造者と消費者でトラブルを誘引する原因ともなりえます。例えば、サプリメントがあります。サプリメントは重要性はなんとなくわかっていても、種類・量・飲む間隔・期間について十分に理解している消費者は少ないと思います。これは研究者や製造者側が科学的根拠に基づいてわかりやすく消費者に説明ができていない点も理由としてあると思います。我々は企業との共同研究により既存製品の高付加価値化や、今はまだ明らかになっていない科学的根拠に基づく効果・効能の証明にも取り組んでいます。例えば、水素水・電解水・海洋深層水の効果についても検証しています。また、遠赤外線の効果や紫外線の毒性に関しても検討を行っています。
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